梨田昌孝さんの壮絶なコロナ闘病

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梨田昌孝さんの壮絶なコロナ闘病

何度も悪夢見た

3月下旬に発熱などの症状が表れ、31日に大阪府の病院に入院。悪夢にうなされ、一時は危険な状態に陥りながらも、一命を取り留めた。5月20日に退院し、順調にリハビリを進めている。

3月下旬 体調に異変

3月25日の昼すぎ。体がだるいな、、、体温を測っても36度台後半とか37.1度くらいで、風邪なんだろうなという感じだったそうです。37.5度以上が4日間続かないとPCR検査を受けられない。4日間くらいだるさがあったが、仕事ができないわけでもなかった。それが28日ごろから味覚や嗅覚が薄れてきて、29日に38度くらいに熱が上がった。30日には、あまり自分では覚えていないが、家内いわく39度以上になった。医者に紹介状を書いてもらって31日に入院して検査を受け、次の日に陽性反応が出た。

  • 自分はコロナにかからないだろうと思っていた。体力を過信するところがどこかにあった。
  • 感染経路は分からないし、誰かにうつしたというのもない。周りでかかった人もいない。

入院先に運ばれた時は意識がもうろうとしていた。3月30日くらいから記憶が断片的だった。そのくらい高熱でうなされていた。PCR検査を受けたのも覚えていないし、当然アビガン(抗インフルエンザ薬)も飲めない状態。あとは寝たきりだった。

集中治療室(ICU)

点滴の中に睡眠薬とかが入っていたのか、痛みを和らげるものが入っていたのか。夢を見てもほとんどが悪夢。幻覚というか…。いい夢は見なかった。誰かにうつしたのではないかとか、誰かがコロナで亡くなったとか、自分が悪いことをしたという恐怖感とか。

助かったのは、かなり奇跡に近い

99%は危ない、駄目だっていうくらいの感じだったみたい。犬がハッハッハッ…と呼吸するように、1分間に40~50回呼吸したこともあったと聞いたし、肺の画像を見た時には、3分の2は真っ白で「まずいな」という感じだったみたい。

「生死の境をさまよった」という表現が当てはまる状態

眠っていて幻覚を見ているんだろうけど、ふわふわ、ふらふらした感じだし、意識が戻ってからも、生きているのか死んでいるのかも分からないくらいぼーっとしていた。

4月14日に人工呼吸器が外れ、17日にICUを出た

筋肉が落ちてしまって、立てないし座れない状態。腰が据わらないし背骨もしっかりしない。社会復帰するというか、元の生活や仕事ができるのかな、と。ペットボトルのふたを開けられないんだから。カプセルや錠剤を包装からうまく出せないし、箸もうまく持てない。体重は15キロ落ちて歯茎もやせるし、足のサイズも小さくなった。PCR検査は、2度続けて陰性が出るまで8回かかった。陰性、陽性、陰性、陽性、陽性、陽性、陰性、陰性って。

新型コロナに感染した志村けんさんや岡江久美子さんが亡くなった

そういうニュースを聞くと、俺は助かっていいのかな、助かってもちゃんと仕事に復帰できるのかな、という思いもあった。そういうところを救ってくれたのがドクターや看護師さんたち。ドクターには、助かったのは、一つは基礎体力、生命力があるからではないかと言われた。それと運。あとは、「梨田さんはまだやるべきことがあるから生かされたのではないか」というようなことを言われた。「これだけ危険な状態から復帰されるということは、関わった医療従事者も元気、やる気が出るというか、よっしゃ、という感じで頑張れるのではないか」とも。

プロ野球開幕は励みになる

6月11日検査があって、「順調に回復している。少しずつ外に出ても大丈夫」と言われた。5月20日に退院しているので、6月19日で1カ月。ちょうど野球の開幕に合わせたような感じで病気も治ってくれている。開幕は励みになります。

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