私は北海道札幌市生まれで、星に興味をもった小学校5年生(1973年)ころには、市内から天の川はほとんど見えなくなっていました。ほとんどというのは、当時はまだ街灯は水銀灯ではなく傘付の裸電球のため光が弱い上、24時間営業しているような店もなかったため、真夜中を過ぎると夜空は明らかに暗くなり、近所からも天頂付近の天の川を見ることができたからです。そのころは同級生と晴れれば毎晩のように、北大の第2農場に望遠鏡を持ち寄り星を眺めるというとても良い時代でした。当時の札幌市街地は札沼線(現在の学園都市線)以南に留まっていたため、札沼線を越えて石狩市くらいまで北上すると天頂から45度くらいまでの天の川は見えましたし、浜益町まで遠征すると札幌の光害はさそり座のアンタレスの下方にほんのり感じられる程度でした。札幌の光害が本格化したのは、1976年の冬に水銀灯が設置され始めたころからでした。