北方領土の日

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北方領土の日

日露和親条約が結ばれた2月7日

2月7日は、1855年(安政元年)伊豆の下田で、『日露通好条約』が結ばれ、平和のうちに択捉島とウルップ島の間に国境を定め、択捉島から南は我が国の領土として国際的にも明らかにされた歴史的な意義をもつ日です。「北方領土の日」は、1981年(昭和56年)1月6日の閣議で決定されました日です。

北方領土問題とは?

日本はロシアより早く、北方四島(択捉島、国後島、色丹島及び歯舞群島)の存在を知り、多くの日本人がこの地域に渡航するとともに、徐々にこれらの島々の統治を確立しました。それ以前も、ロシアの勢力がウルップ島より南にまで及んだことは一度もありませんでした。

しかし、第二次大戦末期の1945年8月9日、ソ連は、当時まだ有効であった日ソ中立条約に違反して対日参戦し、日本がポツダム宣言を受諾した後の同年8月28日から9月5日までの間に北方四島のすべてを占領しました。当時四島にはソ連人は一人もおらず、日本人は四島全体で約1万7千人が住んでいましたが、ソ連は1946年に四島を一方的に自国領に「編入」し、1948年までにすべての日本人を強制退去させました。それ以降、今日に至るまでソ連、ロシアによる不法占拠が続いています。

<色丹島>

かつては日本人による捕鯨基地などもあり、とても栄えていた島です。歯舞群島、色丹島にはクマはいません。択捉島、国後島にはいます。一時期、絶滅が危惧されたタンチョウヅルが歯舞、色丹では確認されています。

<国後島>

世界でもっとも美しい火山といわれる北方領土最高峰・爺々岳が有名です。ここには、あの「ムネオハウス」があります。正式名は「日本人とロシア人の友好の家」。これができたときは、いよいよ返還か、と思われましたが、その後、ムネオハウスは訪問団の宿泊施設として利用されるだけで、当時のまま時計が止まっています。

<択捉島>

北方領土最大の島、択捉島にはかつて、日本人が住む大きな村がありました。国後島と同じく火山の島としても知られています。温泉施設もあり、地元の人は温水プールを楽しんでいます。島の北端(北緯45度33分)は、日本最北端になります。この島の見どころは、なんといってもラッキベツの滝です。実は、この滝は日本一大きい滝でなのです。

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